ノーベル文学賞2017【カズオ・イシグロ氏文学賞受賞を記念して ②】
2017.11.03
ノーベル賞は毎年10月に発表が行われます。その1か月ほど前から、世界中が「今年は誰が受賞するか? なぜか?」という下馬評とコメントでも持ち切りとなります。
特に文学賞に関しては、学問的専門性が極めて高い4賞(医学・生理学賞、化学賞、物理学賞、経済学賞)とは異なり、(翻訳があれば)たやすく入手して読めるので、様々な立場の人から様々なコメントが飛び交うことになります。
ブッカー国際賞(※1)、フランツ・カフカ賞(※2)等、評価の高い国際文学賞はいくつかありますが。ノーベル文学賞は、抜群の知名度と話題性を持っている賞です。
ノーベル文学賞あれこれ
ノーベル文学賞は、他の5部門の賞とは異なり、終身委員で構成される「スウェーデン・アカデミー」(※3)が選考します。選考委員が終身で変わらないため選考基準は大きく変化しないと言っていいでしょう。
ノーベル文学賞の理念は、「理想主義的傾向のもっとも注目すべき文学作品の著者に贈る」というアルフレッド・ノーベルの遺言に即しています。まれに特定の作品が対象とされていることもありますが、基本的には作家の功績全体に対して授賞を決定しています。「理想主義的傾向」とは、人間と自然、国家と歴史、国家や民族に対する洞察や想像力、精神性の深さといった要素を意味すると考えられます。
メーテルリンク(ベルギー、1911)、ロマン・ロラン(フランス 1921)、トーマス・マン(ドイツ、1929)、パール・バック(1938 アメリカ)等 文学賞創設以来第二次大戦までの受賞作品は、2010年代の我々から見ると、人類の無形文化遺産・文学全集収録作家のオンパレードです。
戦後、1960年代からになると少し変化が出てきて、アルベール・カミュ(フランス、1957)、ジャン・ポール・サルトル(フランス、1964)ベケット(イギリス 1968)、アレクサンドル・イサーエヴィチ・ソルジェニーツィン(ロシア、1970)等 いわゆる前衛的な作家や反体制的傾向を持つ作家、川端康成(日本、1968)、カブリエル・ガルシア・マルケス(コロンビア、1982)のような非ヨーロッパ出身の作家が受賞するようになりました。
近年では、ノンフクションで初の受賞となったスヴェトラーナ・アレクサンドロヴナ・アレクシエーヴィッチ(2015 ベラルーシ)(※4)やボブ・ディラン(アメリカ、2016 シンガーソングライター)のような例もでてきました。
スウェーデン・アカデミーの啓蒙主義・教養主義的傾向の基調は変わらず、エンターテイメント色の強い作家(いわゆる通俗小説作家・・ポップな人気作家)は殆ど選択されません。こうして、受賞作家の年代、作家出身地域、扱うテーマ、手法を見てみると、時代文脈を極めて敏感に反映する賞だということが見えてきます。
カズオ・イシグロ氏受賞の意義
今回のカズオ・イシグロ氏受賞は、正統派的文学への回帰であること。しかもイギリスと日本の異文化の中で育った作家が異なる文化のはざまに揺れて織りなしてきた感性をハイブリッドな感覚で仕上げた作品の世界への評価といえるでしょう。まさに『文学の側からのグローバルな世界観を美しく描きあげる感性を賞賛するメッセージ』だと言えるでしょう。反対にトランピズムや極端なナショナリズム、排外主義、感情論に支配されたポピュリズムへの警鐘とも言えるでしょう。
「彼の作品は、ジェーン・オースティン(※5)と、マルセル・プルースト、そしてフランツ・カフカが少しずつ混ざったようなところがある。これらの要素を少しずつ混ぜ合わせると、簡単に言えばイシグロになる」とスウェーデン・アカデミーの事務次官、サラ・ダニウス氏は語りました。失礼ながら当職流に言い換えると、「ジェーン・オースティンとマルセル・プルーストそしてP・K・ディックの要素を少しずつ混ぜ合わせて、小津安二郎を隠し味に使うとイシグロになる」。ただし、彼独特の世界感はこんな陳腐な言葉では語れません。是非この作品の中にある異文化の中で育まれた独特の感性と美学の響きに耳を傾けながら味わってください。
※1:ブッカー国際賞 1969年から続くブッカー賞国際部門として2005年に創設。イギリスおよび以外の国の文学作品の中から最もすぐれたものに贈られる。著者と翻訳者が共同受賞する賞。
※2:フランツ・カフカ文学賞:2001年創設。チェコのフランツ・カフカ協会がプラハ出身の作家フランツ・カフカにちなんで創設。2006年には村上春樹氏が受賞。
※3:スエーデン・アカデミー 1786年創立。スェーデンの学士院(国立アカデミー)。
ノーベル文学賞の選考委員も兼ねる。北欧諸国の作家を対象としたスウェーデン・アカデミー北欧賞を主催している。
http://www.svenskaakademien.se/en
※4:スヴェトラーナ・アレクサンドロヴナ・アレクシエーヴィッチ
ベラルーシ出身のジャーナリスト
1995『アフガン帰還兵の証言』
1996『チェルノブイリの祈り』 等。
※5:ジェーン・オースティン(Jane Austen 1775-1817 イギリス)イギリスの田園を舞台にした写実的な小説。代表作1813『高慢と偏見』、1815『エマ』等。
<カズオ・イシグロ氏の主な作品>
1982 山並みの光 ( A Pale View of Hills )
1986 浮世の画家 ( An Artist of the Floating World )
1989 日の名残り ( The Remains of The Day )
2000 私たちが孤児だったころ ( When we were the Orphans )
2005 私を離さないで ( Never Let Me Go )
2015 忘れ去られた巨人 ( Buried Gian)
(続く)