後藤敏夫のグローバル教育情報

ニュースレター

ノーベル文学賞2017【カズオ・イシグロ氏文学賞受賞を記念して ①】

2017.11.03

 スウェーデン・アカデミー(※1)は2017年10月5日、今年のノーベル文学賞を日系イギリス人作家 カズオ・イシグロ氏に授与すると発表しました。彼の受賞は大きな話題を呼んでいます。

 当職がカズオ・イシグロ氏の名を知ったのは、約20年も前のことです。生徒が履修していた国際バカロレアデイプロマプログラム(IBDP)を通じてでした。明らかに日系の名前。しかもブッカー賞(※2)を受賞しているということ。すなわち原作が英語で書かれた作品であるということに強く興味をひかれました。経歴を調べてみると両親とも日本人。5歳の時にイギリスへ移住、イギリス国籍を取得して、英語で教育を受けた、英語が第一言語の作家です。

カズオ・イシグロ氏の著作との最初の出会い-国際バカロレアを通して

 国際バカロレア(IBDP)は世界中の多くのトップ校で導入されている、レベルの高い大学進学準備課程の国際カリキュラムの一つです。

 IBDPの科目のひとつ【English A(=英語が第一言語/母語である学生を対象とする言語分野の科目・内容はEnglish Literature(英文学)】:指定作家リスト(PLA_Prescribed List Of Author )(※3)に、イシグロ氏の名前が載っていたのです。

 PLAは極めて幅広く選択された作家リストです。例えば、16世紀のシェークスピア、松尾芭蕉等の古典から、ジョージ・オーウエル、アーネスト・ヘミングウエイ、DH・ロレンス、三島由紀夫、阿部公房、カフカ、フィリップ・K・ディック(※4) 等、多数が取り上げられています。すなわち、ジャンルは戯曲、小説、詩からノンフィクションまで、時代も古典から近・現代文学の作家までの作品です。基本的に英語・フランス語・スペイン語で翻訳、出版されている作家に限られます。

 PLAに挙げられている作家、特に現代作家はマルチナショナルで多民族の文化背景をもった作家が多く、彼らの作品からはハイブリッドな感性・美学の中に民族や文化への問題意識が強く感じられます。こうした作家による作品を教材や参考文献として選択するのは、国際バカロレアというグローバルなカリキュラムの成立趣旨からいって当然のことでしょう。激変する時代の中、今後、様々なグローバルな課題(Global Issues)に直面する学生にとって、国境や狭い常識にとらわれない感性の陶冶が必須になるからです。

淡い美しさと良質のブレンド・・・カズオ・イシグロ氏の感性と表現

 カズオ・イシグロ氏の著作はPLAに載るべくして載った作品です。1作ごとに異なる作風。発表年度の異なる作品を数冊読まないと全貌が見えてきません。質の良い素材と様々な味をもった作家と言えます。

 個人的には『日の名残り』(原題 The Remains of The Day、1989年ブッカー賞受賞作)が好きです。1993年にアンソニー・ホプキンス(※5)主演で映画化された作品です。物語の舞台は1950年代第二次大戦後のイギリス。美しい田園風景の中で階級社会が大きく変わりゆく時代を描いた作品です。主人公の執事スチーブンスが小旅行での追憶を語ります。抑制された表現と日本画のような淡いトーンで。「映画監督小津安二郎の影響を受けた。」とイシグロ氏自身も語るように、まさに、薄味の良質な日本風のダシを基本に、イギリス人の表現と感性にて主題を仕上げた、繊細、かつ極上な料理を味わう気分になります。

※1:スエーデン・アカデミー 1786年創立。スェーデンの学士院(国立アカデミー)。ノーベル文学賞の選考委員も兼ねる。北欧諸国の作家を対象としたスウェーデン・アカデミー北欧賞(Svenska Akademiens nordiska pris)を主催している。
http://www.svenskaakademien.se/en

※2:ブッカー賞:1968年創設。正式名称はマン・ブッカー賞 (The Man Booker Prize for Fiction) 。運営はブッカー賞財団。その年に出版された最も優れた長編小説に授与される。選考対象は、イギリス連邦およびアイルランド国籍の著者によって英語で書かれた長編小説。世界で最も評価の高い文学賞の一つ。

※3:指定作家リスト PLA 生徒たちは、このリストに記載されている作家の著作から11冊~13冊を選択して、テキストを精読、文学講評と小論文等の課題に取り組む。 日本人は多く日本語Aの履修するが、この場合は外国作品は日本語訳にて読む。
http://www.istianjinelearning.org/joeschaaf/files/2013/06/PLA-rxldrj.pdf

※4:フィリップ・K・ディック(1928-1982)政治学的・形而上学的テーマを追求。一般にはSF作家とした扱われることが多い。
代表作:
・1967『逆まわりの世界』(1967年)
・1968『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(映画【ブレードランナー】の原作。)
・1969『ユービック』
・1978『地図に無い街』(短編集)  他

※5:アンソニーホプキンス イギリス出身のアメリカの俳優。主な出演作品:『冬のライオン』(1968)、『人形の家』(1974)、『チャリングクロス街84番地』(1986)他多数。1980年には、『羊たちの沈黙』で演じたハンニバル・レクター博士の役が高く評価されアカデミー主演男優賞を受賞。

(続く)