後藤敏夫のグローバル教育情報

ニュースレター

THE 世界ランキング2016-17 ① ナショナリズムの台頭と世界の高等教育・研究開発機関

2016.12.28

二大世界ランキングと言われるTHE(Times Higher Education) 世界大学ランキングとQS世界大学ランキングは今年も9月下旬には出そろいました。双方とも例年に比べてランキングの乱高下が比較的少ない年でした。また、双方とも基本的には前年度を踏襲し、基礎データの拡充と整備を図った年度でした。これは、本年度のランキングに使用されたデータは、後述のBrexitを決定した国民投票とトランプ氏の当選以前のものなので、この2つの出来事は基本的に反映されていないためです。 つまり、このランキング発表の後に外部環境が大きく変化し始めていますので、次年度(2017年度)のランキングでは、世界の高等教育・研究開発期間を取り巻く環境が大きく変わり、世界大学ランキングも大きく影響されることが予測されます。そのため、今後は世界情勢の変化を注視しながら、その変化が世界の大学・大学院(高等教育機関)の運営に影響を及ぼすかを適宜慎重に、推測、把握していく必要があるでしょう。 1: THE 世界ランキング2016-17 QS世界ランキング2016-2017 %e8%a1%a81-1 %e8%a1%a81-2 %e8%a1%a81-3 【米英が主導する経済のグローバリゼーション】という時代の終焉 2016年は【米英が主導する経済のグローバリゼーション】という一つの時代の終わりを感じさせる年でありました。経済のグローバル化は経済の規模を大きく成長させましたが、それぞれの国内の不平等(格差)を急激に拡大させ、社会の不安定さを増しています。 シリアからの難民問題、UKEU離脱(Brexit、USAでは、選挙期間中に過激な主張を繰り返したトランプ氏の当選、等。これらの出来事はネオリベラリズム(新自由主義)とナショナリズムの再度の台頭という大きな潮流を生んでいます。さらにナショナリズムの台頭は下位中間層を中心としたポピュリズムと合体し、各国の極右政党を勢いづかせています。   UKED離脱(Brexit)とEUの緩やかな解体(広域ドイツ経済圏) イギリスのED離脱がヨーロッパの有り様を劇的に変える契機になることは間違いありません。近年、EU内では、ドイツの指導力と経済力が格段に強まり、【ドイツを中心とした広域経済圏】が形成されようとしています。ポーランドをはじめとする旧東欧、中欧をドイツの労働力・国際学生の供給源とするシステムが既に形成されています。UKがEUを離脱するとこの構図はますます強まりそうです。 EUもう一つの核、フランスはドイツへの従属が強まり、オランド大統領率いるフランス中道左派政権(社会党)は第二次大戦中のビジー政権と酷似していると感じるのは、当職の思い過ごしでしょうか。オランド大統領の支持率の急落(5%!)という状況の中で、2017年に行われるフランス大統領選挙では、極右政党国民戦線の党首マリーヌ・ルペンが当選する可能性まで取り沙汰されています。 一方、国政の主導権の一部を(EUの名ももとに)ドイツに握られることに不快感を隠さなかったUKの保守党エスタブリッシュメントにとって、今回の国民投票の結果は、言ってみれば棚から牡丹餅の結果です。各国間できめ細かなFTAを締結すれば、経済に関していえば、この不安と混乱は中長期的には乗り切れると思われます。   UKの高等教育・研究が受ける大きな影響 しかし、UKの高等教育(大学・大学院)が受ける負の影響はかなり大きいと考えます。シェンゲン協定未締結、通貨ユーロは未使用等、UKにとって都合の悪い事項は拒否する一方で、英語による高等教育の国際化を推進、1EU圏特別学費によりEU圏国籍保持者を優秀な国際学生・研究者の供給源にし、EUからの多額の研究補助金を受けてきたUKの大学。まさに、EU支援の体制の中で、UKの大学・大学院はEU圏の高等教育と研究を牽引してきたといっても過言ではありません。(THE世界大学ランキング2016-17では、100位以内UK16大学がランクイン。) ? 2:THE世界大学ランキング2016-17 国別大学ランクイン数<1-100位>   %e8%a1%a82 2019年にEU脱退が決定すると、上記のUKの優位性が喪失され、USAやカナダ、オーストラリアに留学生が流れる動きが出てきそうです。EU圏ではこの不安定な状況から留学先をUKから切り替える動きが出始めています。特にケンブリッジ大、オックスフォード大、・インペリアルカレッジ・ロンドン、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)等のトップ大学志望者がUSAのトップ大学に変更するケースが目立ちはじめています。   1: EU圏特別学費:EU圏の国籍保持者は、国内学生と同じ安価な学費でEU圏の大学に通学できる。この制度と各種奨学金の整備によって、EU圏の大学の国際学生比率が大きく上昇し、大学評価向上に貢献しています。   懸念されるEU圏優遇特別学費とEU研究開発助成はどうなるのか?!  EUの各種研究助成金供与に関して、これからEUとUKとの難しい交渉が待っています。特に、上記のEU圏特別学費、研究開発助成の枠組み2【ホライズン20202020 年以降の研究開発助成の新しい枠組みにどの程度UKがかわれるか、助成金がどの程度供与されるかは極めて不透明になっています。事実、EU各国の思惑から中国、ブラジル、メキシコは対する資金供与は難しくなっています。この動向も注視する必要があります。 ? 2: ホライズン2020:EUが行う、2014~2020年までの7年間、総額約800億ユーロ(≒約10兆円)規模の国際的な研究開発助成の枠組み。各種先端研究・基礎研究から産業によるリーダーシッププロジェクト、社会的課題解決の協働研究まで、EU圏以外の国からも条件を満たせば参加し、資金助成が受けられる最大の国際研究開発助成プロジェクト。 ? 各国の高等教育の熾烈な競争が始まる 2017年にはナショナリズムの台頭という新しい構図の中で、各国の高等教育と研究に関して、下記の3点に関する熾烈な競争が激化すると思われます。
  • 先端研究・基礎研究に関する巨額の教育・研究資金を、迅速にかつ戦略的に投入できるか?
  • レベルの高い海外の大学と緊密な連携し、質の高い国際研究プロジェクトやダブルディグリープログラムを実施できるか?
  • 優秀な研究者・教授陣と学生を集め、国際的な研究・教育ハブを形成できるか?
一言でいうと、グローバルな人材輩出ができる環境整備がなされているか?   こうして、大学・研究教育機関ごとの役割を超えて、国家の役割はますます大きくなります。 ? (続く)