アジアのG型大学という選択肢
この数年でアジアの大学を取り巻く状況が変わってきました。
従来、教育と研究レベルの高いアメリカ、イギリスを中心とした欧米の英語圏の名門大学への留学が、アジアの学生の間では圧倒的人気でしたが、その高額な学費や留学費用が払えるのは各国の富裕層出身者と国費留学生が中心でした。
一方、近年アジアの国々では、急速な経済成長に伴い大学進学率も上昇し始めました。ところが自国の教育の質や施設が優れている大学も限られるため、必然的に留学の要望が高くなってきました。いわば「上位中間層」と呼ばれる層が留学をめざすようになりました。しかしながら、欧米への留学の高い学費や滞在費等の留学コストが高いハードルとなっていました。
こうした構造の中、経済先進国の仲間入りをしたシンガポールや香港、急成長した中国、その周辺国では政府が国家戦略として莫大なる国家予算を投入して、留学の奨学金(返済の必要のない給付型)の実行規模を拡大、留学生を増やす努力を行っています。一方で、自国の国立大学を中心に教育の質の向上を図り、内外の優秀な教授陣を招聘しながら、授業の英語化を進め、G型大学への変換を推進しています。
また欧米の大学とパートナーシップを結んで、欧米の一流大学のアジアブランチキャンパスや大学内に提携コースを実現してきました。このアジアブランチキャンパス、提携コースは自国ばかりでなく、その周辺国の優秀な学生を受け入れることによるダイバーシティ(Diversity - 多様性)のある新しいタイプのG型大学として発展し続けています。公的奨学金で留学した学生が自国の教育現場に就職、英語で教鞭をとったり、アドミッションやその他の要職に就き、正(プラス)のスパイラルが構築されていることも注目すべき点です。
アジアのトップクラスのG型大学に留学すれば、欧米のトップ大学と遜色ないレベルの教育・研究とグローバルな環境があり、前述のように欧米をはじめとする各国の大学とのパートナーシップを利用した国際共同研究を実施したり、
ダブルディグリー ※1?も取得できます。留学費用も欧米と比較すれば、生活費が安く、比較的安価といえます。こうした理由で優秀な学生の留学先としてアジアのトップレベルのG型大学が注目を浴びています。アジア各国のトップレベルの大学はG型大学へのテイクオフを急ぎ、既に熾烈な競争に突入しています。
このG型大学へのテイクオフの進捗(あえて結果といいません)が今回発表された The Times Higher Education アジア大学ランキングの順位変動に直結していると言えます。この変動はまだまだ当面続きそうです。アジアの大学間で厳しい競合が起こっているからです。
※1 ?ダブルディグリー: 1つの大学で2つの学位を卒業時に同時に取得すること。或は、2つの大学の学位を卒業時に同時に取得する制度。
先頭を走るシンガポール、それを追う香港、中国、日本、韓国の競争
シンガポールの2大学、シンガポール国立大学(NUS)、ナンヤン工科大学(NTU)は、今回The Times Higher Educationのアジア大学ランキング2016で我が国の東京大学や他国の並み居るフラッグシップ大学を押さえ、首位、第2位に輝きました。
NUSはシンガポールトップの国立大学ですが、NTUは25年(創立1991年)の新興大学です。毎年ランキングが急上昇してきました。2014年11位、2015年(昨年)10位、2016年(本年)は、いきなり2位です。大きな成長の鍵は、シンガポール政府の戦略的サポートをベースに、大学のグローバル化を進めたこと。MIT、Imperial College Londonをはじめとする世界トップレベルの大学やBMWやロールスロイス等グローバル企業との盤石な提携関係を築いていることにあると言えるでしょう。
また、NTUは、国際的な
R&D人材 ※2?はもとよりアジア周辺国で発展する様々な製造業の上級エンジニアやマネジメント人材の養成拠点として自らを位置づけて、更なる躍進を目指しています。
シンガポールはもともと、英語を共通語とし、世界で最も汎用的なイギリス式の教育制度を採用するという通商国家ならではの文教政策を採用。中等教育段階から周辺国からの留学生を受け入れてきた歴史があります。そのため、NUSとNTUの2大学はアジアのG型大学としては一歩も二歩も先んじた環境を整備しています。
NUS、NTUの外国籍の教授、講師の比率はそれぞれ67%、76%、留学生比率は、29%、31%。これは、イギリスのトップの大学並みです。国際的な共同研究プロジェクトも多く、グローバル企業からの豊富な資金提供を受け様々な先端研究が進んでいます。授業、演習等はすべて英語で行われ、アジア随一のグローバル度といえるでしょう。アジアのトップ2を占めるのも納得できます。
※2 R&G人材:技術革新、新技術開発、そのための組織開発をする専門性の高い人材
強い香港勢
国際化度(International Outlook)という観点からは、香港勢が強みを発揮します。1997年6月まで英国領であった伝統から、中国に返還されてから 20年近く経った今でも、殆どの授業、演習が英語で行われていて、教育・研究レベルも高く、高評価が定着しています。
1位から50位までの中に香港勢は6大学がランクインされています。
特に香港大学(HKU)<4位>、香港科技大学(HKUST)<6位>はそれぞれ上述のシンガポール国立大学(NUS)、ナンヤン工科大学(NTU)と何かと比較されてきました。
伝統ある総合大学である香港大学(HKU)と対照的な香港科技大学(HKUST)はNTUと同じ1991年創立の新興大学です。革新的な学風、工学系、理数科学分野とビジネス、マネジメント分野に強みを発揮、急激なアップランキングを果たしてきた注目の大学です。
この2大学(HKU/HKUST)は教授・講師陣の外国籍比率(66% vs 75%)留学生比率(39% vs 39%)も高く、世界ランキングでは中国系大学の中で常に上位にランキングされています。中国圏で最もグローバルな教育・研究環境と言えそうです。後述の北京大学、清華大学に合格しても、香港の大学に進学する学生が増加しているようです。
重点大学政策(プロジェクト985<985工程>)で急伸する中国(本土)の大学
中国政府は1998年に985工程という国家重点大学として39大学を指定、予算を重点配分し、世界レベルの研究と国際共同研究を軸にした大学のグローバル化に邁進しています。北京大学(PKU)<2位>、清華大学(THU)<5位>、復旦大学(FU)<18位>、上海交通大学<32位>が常に上位にランキングされています。この4大学に理工系の専門大学 中国科学技術大学<14位>を加えた5大学が現在の中国の国際的な学術研究を牽引していると言えます。これらの大学は、海外から教授・講師の招聘、世界中のトップ大学と提携を行い、高いレベルの共同リサーチを推進しています。そうした努力が実り、ロイター、ネイチャー等の論文引用数も急増。アカデミズムの面で影響力が極めて大きくなっています。その動向から目を離せない大学群です。
韓国の5強
伝統のある総合大学、国立ソウル大学<9位>、韓国最古で人文・社会科学分野に強い成均館大学(SungkyunKwan)<12位>、グローバル化が進展している韓国私学の雄である延世大学<37位>、そして最も注目されているのが、理工・マネジメント系の専門大学の浦項工科大学(POSTECH)<8位>とKAIST<10位>。この2大学も海外から優秀な教授陣を招聘、高度な授業、先端研究を実施しています。サムスンや現代等の韓国系企業の先端技術の研究者・エンジニアの養成を担っています。韓国版MITを目指している印象を受けています。授業・演習の英語化はかなり進展していて、高度な専門知識と英語の運用能力を生かし、学位修了後、欧米のトップの大学院に進学する学生も多いようです。
(続く)