PISA 2022 クリエィティブシンキングの調査 (1)
2024.10.01
経済協力開発機構(以下、OECD)が発表したProgramme for International Student Assessment 2022 (以下、PISA 2022)ではPISAの数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの従来からの分野に続いて、クリエィティブシンキングを革新的な分野(Innovative Domain)として初めて調査しました。PISA 2022の中心分野 (major domain)は数学的リテラシーで、副次的な分野(minor domain)は 読解力、科学的リテラシーでした。
ここで注目したいのは、PISA 2022では知識の発見、技術革新、美術・文学の名作といった高等な専門知識やスキルが要求される、社会に多大な影響力を及ぼすクリエィティビティ(“Big-C”) でなく、15歳が日常的に発揮できる可能範囲のクリエィティビティ(“little-c”) を測定したことです。“Little-c” とは例えば、余った食材で美味しい料理を作ることや、沢山の写真から数枚を選び部屋を素敵に飾るなど、特別な専門性・スキルがなくても行える日常的な事柄です。
PISA 2022の調査に全体で81ヵ国/地域が協力しました。そのうちクリエィティブシンキングのテスト調査に参加したのは64ヵ国/地域、クリエィティブシンキングのアンケート調査に参加したのは74ヵ国/地域でした。残念ながら日本は参加しませんでした。日本が参加しなかった理由を、現在、日本の学校にはクリエィティブシンキングを培(つちか)い、評価する体制が整っていないからだろうと当職は考えます。
PISA 2022 クリエィティブシンキングについて
生徒のPISA 2022 の調査の構成は合計2時間のテストと約35分のアンケート調査でした。
クリエィティブシンキングのテスト調査に参加した生徒は1時間のクリエィティブシンキングのテストを行い、もう1時間を大半の生徒は中心分野である数学的リテラシーのテストを行いましたが、その他の生徒はもう1時間を科学的リテラシー、あるいは読解力のテストを行いました。
PISA 2022 生徒の調査項目(クリエィティブシンキングのテスト調査の参加者の場合)
クリエィティブシンキングのテストの構成は、3つのアイデアにまつわるプロセス(Ideation process)の分類のもと、32の課題(Task)で構成されています。
この3つのアイデアにまつわるプロセスとは:
1. 多様なアイデアを発案する(12の課題)
2. クリエィティブなアイデアを発案する(11の課題)
3. アイデアについて評価し改良する(9の課題)です。
課題によって、文章での表現、視覚(様々なメディア)での表現、社会の様々な問題の解決や、科学的問題解決など異なる能力やスキルが求められます。このクリエィティブシンキングの結果を、従来のPISAの3分野(数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシー)の成績と比較、統計解析をしました。相関関係を含む統計解析は、各国/地域の成績、ジェンダー、生徒の社会経済文化背景等の観点で行われました。
ここで前提として知っておきたいのは、クリエィティブシンキングとPISAの従来の3分野(数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシー)との採点方法の大きな違いです。PISAの従来の3分野は満点が設定されておらず、正規分布(平均をおよそ500点、標準偏差をおよそ100点)に合わせるように点数の比率が設定されています。これに対して、クリエィティブシンキングは32のテストの課題で60点と明確に満点が設定されています。
参加国/地域の成績
平均点では、シンガポールが参加国/地域の中でトップの41点(60点満点)を獲得しました。シンガポールに続いて韓国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどは36点かそれ以上で、OECD平均33点を上回っています。
表1 PISA 2022 クリエィティブシンキング:参加国/地域の平均点【一部抜粋・翻訳】
参照元:OECD (2024) PISA 2022 Results (Volume III): Creative Minds, Creative Schools, PISA, OECD Publishing, Paris. https://doi.org/10.1787/765ee8c2-en.
** これらの参加国/地域は1つかそれ以上のPISAの調査基準を満たしていません。
*¹ 各参加国/地域、或いは、OECD全体の平均値を整数に四捨五入した値です。
四捨五入している為、表に同点と表示されていても実際は同点でない場合があります
(例:韓国の実際の点数は約38.089とカナダは約37.929ですが、それぞれ整数に四捨五入され38点と表に表示されています)。
*² 参加国/地域別のクリエィティブシンキングの実際(四捨五入前)の平均点に基づき順位をつけたものです。
また、クリエィティブシンキングの1位と最下位の国/地域の平均点の開きは28点の大差となりました。トップ5ヵ国/地域の97%の生徒は最下位の5ヵ国/地域のアルバニア、フィリピン、ウズベキスタン、モロッコ、ドミニカ共和国の平均的な生徒より良好な成績を取っています。
国/地域とPISA3分野の成績との関連性
クリエィティブシンキングのOECDの平均点以上を獲得したほとんどの国/地域は数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーでもOECDの平均点を上回っています。
例外もあります。例えば、チェコ共和国、香港、マカオ、台北はPISA 2022の従来の3分野の結果がOECD平均点を上回っているにも関わらず、クリエィティブシンキングはOECDの平均点かそれを下回りました。
また、PISAの数学的リテラシーや読解力の点数が低い生徒のほとんどはクリエィティブシンキングにおいても点数が高くありませんでした。これは、最低限の専門分野の知識と経験がなければ、適切かつ多様性、新奇性のあるアイデアは発案しにくいからとOECDは述べています。
このようにクリエィティブシンキングはPISAの従来の3分野と正の相関が認められますが、従来の3分野同士(例えば、読解力と数学的リテラシーや読解力と科学的リテラシー)との相関関係ほど強くないようです。クリエィティブシンキングと数学的リテラシーのOECD平均の相関係数は0.67、クリエィティブシンキングと読解力は0.66に対して、従来の3分野の比較である、読解力と科学的リテラシー、また、数学的リテラシーと科学的リテラシー等のOECD平均との相関係数はいずれも0.80かそれ以上でした。
まとめると、優れたクリエィティブシンキングを行うには、アカデミック分野で優秀な成績は必須でないものの、その分野での最低限の知識や経験は必要でよりそれを持ち合わせたほうがクリエィティブシンキングを行える確率が高いという事です。
表2 PISA 2022: 4分野の相関関係*³ 【翻訳】
参照元:OECD (2024) PISA 2022 Results (Volume III): Creative Minds, Creative Schools, PISA, OECD Publishing, Paris. https://doi.org/10.1787/765ee8c2-en.
*³ 相関係数は-1から1までの値まであり、+1に近いほど正の相関が強いという値です。
0に近い値の場合は相関がほとんど無く、逆に-1に近い場合は負の相関が強いという値です。
値は小数第2位に四捨五入されています。
ジェンダー比較
OECD参加国/地域の平均では、女子の方が3点高い結果となりました。また、全てのOECD参加国/地域の中で男子が女子のクリエィティブシンキングのスコアを上回ることは無く、唯一メキシコだけが男女それぞれ整数に四捨五入した平均点が同点となりました。このジェンダー格差は、各国/地域の数学的リテラシーや読解力の成績を考慮しても目立っています。一般的に女子はクリエィティビティや自身のクリエィティブな創作能力について前向きであることが調査でわかりました。特に女子は文章での表現が求められる課題と他のアイデアに基づいた課題を行うことに長けていることがわかりました。
表3 PISA 2022 クリエィティブシンキング:ジェンダー別の成績【一部抜粋・翻訳】
参照元:OECD (2024) PISA 2022 Results (Volume III): Creative Minds, Creative Schools, PISA, OECD Publishing, Paris. https://doi.org/10.1787/765ee8c2-en.
** これらの参加国/地域は1つかそれ以上のPISAの調査基準を満たしていません。
*² 参加国/地域別のクリエィティブシンキングの実際(四捨五入前)の平均点に基づき順位をつけたものです。
*⁴ 各参加国/地域の男女それぞれの平均点は整数に四捨五入した値です。
男女差は男女それぞれの実際の平均点の差を整数に四捨五入した値です。
おわりに
教育は人間の能力を育成する重要な役割を担っていますが、従来のカリキュラムの内容は教材を中心に教員が教えた内容を模範とする能力を育成するという傾向が強くありました。基礎学力を身に着けるためには模範したり模倣したりする能力は必須ですが、枠から出た新しい発想を生み出すという能力を育成する分野については体系化しきれていません。
クリティカルシンキングの分野や”little-c”においても、生成AIの機能が向上すれば人間のレベルかそれ以上を獲得する日が来るかもしれません。しかしながら、現時点では生成AIは人間のような柔軟で奥深い感性や感情といったものが備わっていません。“Big-C” を生み出すためには、依然として、専門知識だけでなく、勘、感性、感情とクリエィティブシンキングが求められます。
そのため、当面の間は、生成AIより優位に立てる分野のキーポイントになるのは、このクリエィティブシンキングと言っても過言でないと当職は考えます。近い未来、生成AIがクリエィティブシンキングをできるようになる日が来るのかは未知のことです。
クリエィティブシンキングで上位に並んだ国/地域が、アカデミック分野での上位の国/地域が並んでいたことは予想通りでした。しかしながら、着目したいのは、宗教的な制限が強い国/地域においても女性のクリエィティブシンキングの能力が男性より高いことが明確に数値化されたことに驚きを覚えます。
そのため教育現場に立つ我々の使命は、この‘クリエィティブシンキング’の分野の教育を極めていくことだと考えます。日本も次回のPISAアセスメントでは参加できるように現場の努力が求められます。PISA 2022のクリエィティブシンキングの調査は、日本でも新しく、ユニークなアイデアを発案する能力に焦点を当てて体系化する教育分野の確立へのた大きな第一歩と言えるでしょう。
後藤 敏夫
オービットアカデミックセンター 代表
ワールドクリエイティブエデュケーション CEO
参照元:
•OECD (2024) PISA 2022 Results (Volume III): Creative Minds, Creative School, PISA, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/765ee8c2-en.
• OECD (2024) “New PISA results on creative thinking: Can students think outside the box?”, PISA in Focus, No. 125, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/b3a46696-en.
• OECD (2023) PISA 2022 Assessment and Analytical Framework, PISA, OECD Publishing Paris, https://doi.org/10.1787/dfe0bf9c-en.
翻訳:World Creative Education Private Limited