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日本の高等教育の新しい試み 沖縄科学技術大学院大学(OIST)

2023.03.18

日本の高等教育の新しい試み 沖縄科学技術大学院大学(OIST):最先端の実験的教育機関

注目を集める沖縄科学技術大学院大学

先月ご紹介した2022年度ノーベル賞医学・生理学賞を受賞したスバンテ・ペーボ博士が所属することでも話題となった沖縄科学技術大学院大学(Okinawa Institute of Science and Technology, 以下OIST )。各分野で最先端の研究が進められ、ベテラン、中堅、若手の優秀な研究者が研究に専念できる環境であることでも注目されています。

『ネイチャー』(注1)誌からも高い評価

そのOISTは開校10年とまだ歴史が浅く、規模も小さいため、QSランキング外の大学院大学ですが、その先駆的な試みで注目される新しい高等教育機関です。『ネイチャー』誌などの研究評価では、すでに世界的なトップ校であるとの評価も受けています。
 沖縄島中部に位置する恩納村(おんなそん)にあり、南国沖縄らしい自然に囲まれたなかで研究に打ち込むことのできるその環境は、研究者を目指す者ならだれしもがうらやむものだと言えましょう。5年制の大学院大学で、学生すべてが博士号の取得、そして研究者としての自立を目指しています。各分野の世界的権威、最先端の学問領域の研究者を招聘、ベテランだけでなく将来を嘱望される若手研究員も多数います。予算はほぼ全額日本政府からの補助金を得ることができ、そのうえ外部獲得資金も有しているため、潤沢な資金を研究と教育に注いでいます。

OISTの魅力

OISTでの研究活動に興味のある学生は「リサーチ・インターンシップ制度」を利用してOISTの教育・研究活動を数ヶ月間経験することができます。そして、それを経て博士課程に入学する学生も多数います。教員だけでなく学生にも大きく予算が割かれ、学費無償、生活保障のための奨学金のほか、論文発表・研究会参加の費用などにも支援制度があり、旅費や日当が出ます。また、研究者や学生のための質の高い保育サービスや幼児バイリンガル教育サービスが行われるなど物心両面のサポートも充実し、教員や学生が経済的にも精神的にも学究活動に打ち込める環境が用意されています。
 縦割りの学部制を廃し、現在、「神経科学」「数学・計算科学」「化学、分子・細胞・発生生物学」「環境・生態学」「物理学」「海洋科学」に大別される7分野で学際的な研究を行っています。さらには専門領域を超えた横断的な研究ユニットが多数存在し、そのユニットそれぞれを世界的な研究者が率いています。52の国と地域から集まった264名の学生は外国出身が81%、女性が39%を占めます。また、50以上の国と地域から集まった88名の教員の6割以上が外国出身(女性比率は2割弱)、総勢1000名を越えるスタッフ(500名以上の研究スタッフと400名以上の事務スタッフ)は外国人比率も女性比率もともにほぼ半数となっています。もちろん、研究者・学生の共通語は英語、すべての授業やラボ、教員・スタッフ・学生による議論は英語で行われています。

地元沖縄への貢献や発展途上国の女性への教育支援

一方、地元沖縄の若者、とりわけ女性科学者を生み出していくためのアウトリーチ活動や発展途上国女性の教育向上のための基金創設など、社会環境や社会課題に対しての取り組みも進めています。
 今年6月から学長もカリン・マルキデス博士に交代し、新しい十年の発展のために新体制が整えられます。女性が学長に就任することも日本ではまだまだ数少ない例です。(注2)
 内閣府のホームページでも沖縄振興策の重要な項目のひとつに挙げられるOISTは次第その存在感を増しつつあります。第1次産業振興や観光サービス業支援策がむしろ大都市圏を補完するような社会政策となりがちなのに対して、学術的な最先端機関を沖縄に置くことで地域活性の端緒となり独自の発展を遂げる可能性をあらわしつつあります。また、日本における大学院大学としてももっとも成功した例です。それだけでなく、日本、ひいては世界の高等教育機関のありかたについて一石を投じる存在とさえ言えるでしょう。
 アジアへ向かう琉球弧に画期的な大学院大学が創設されて十年、その成果も現れはじめた今、研究機関としてのさらなる発展だけでなく、身近に海洋環境の問題を抱え、また「子どもの貧困化」に苦しむ地元沖縄への地域還元策など、OISTがこれからどんな展開を見せるのか、たいへん注目される高等教育機関だと感じています。

注1)『ネイチャー』 1869年、英国のロンドンで創刊された総合科学週刊誌。『サイエンス』誌と並んで最も権威ある学術ジャーナルのひとつ。OISTは2019年に発表された「質の高い研究論文ランキング(正規化)」で世界第9位にランクされた。
注2)日本の大学の学長の女性比率は約12%。国立大学は現在4名で5%未満、歴代でも11名、総合大学の女性学長は未だ輩出されていない。

 沖縄科学技術大学院大学 https://www.oist.jp/ja

オービットアカデミックセンター 代表 後藤敏夫